ペルシア語のことわざ・慣用句(7)

نوش دارو بعد از مرگ سهراب
(Nūsh dārū ba’d az marg-e Sohrāb)

サラーム、ドゥースターン!Kimiちゃんです。

時間をRewindできるリモコンがあるとしたら。
それで、好きな時間まで戻ることができるとしたら。

誰しも一度は、そのような「時間の巻き戻しボタン」を切実に願ったことがあるのではないでしょうか?
受け入れられない出来事に遭遇し、「これ、夢でしょ!?」「夢であってくれ!」と思うことがあります。
しかし、自分の顔をつねってもひっぱたいても夢からは覚めず。。。

このような「もはや取り返しがつかない」という状況を「後の祭り」と言いますが、ペルシア語でもこんな言葉があります。

نوش دارو بعد از مرگ سهراب
(Nūsh dārū ba’d az marg-e Sohrāb)
=ソフラーブの死後に持ってきた霊薬

今でも諺として人々がよく引用するこの一句は、『シャー・ナーメ(王書)』というペルシア最大の英雄叙事詩の中でも、特に心に残る悲劇的なお話から来ています。

昔むかし、ペルシアの大地に偉大なる英雄、ロスタムがいました。
彼の名は遠くまで広まり、誰もが彼を讃えていました。
しかし、時の流れは残酷であり、ロスタムのような勇者も「老い」を打ち負かすことはできませんでした。

かつてロスタムは、敵国トゥーラーンの領土にあるサマンガーンという地で、美しい王女タハミーネと出会い、恋に落ちました。
二人は夫婦の契りを結びましたが、ロスタムは本国イランへ帰還せねばならぬ身であったため、別れ際に「生まれる子に渡して欲しい」と、宝石で飾られた腕輪をタハミーネに授けました。

タハミーネから生まれた子は、ソフラーブと名付けられ、勇猛果敢な青年に成長しました。
そしてある日、ソフラーブが母タハミーネに自分の父親が誰なのかを尋ねると、「あなたの父は英雄ロスタム。しかし、この事実を敵国のトゥーラーン王アフラースィヤーブに知られてはなりません」と告げられました。

ソフラーブは自らの出自を誇りに思い、父ロスタムと共にイランとトゥーラーンの王になろうと野心を抱き始めました。
アフラースィヤーブ王はそれを知り、ロスタムとソフラーブを同士討ちさせるよう、策を施します。
その策にまんまとはめられたソフラーブは、イランとの戦いに身を投じていきます。

ロスタムも、敵の勇士が我が子と知らぬまま戦い続けます。
その間、お互いの素性を知る幾つもの要因がありながら、戦いはロスタムとソフラーブの一騎打ちへと発展していきます。

二人の間には、激しい戦いが繰り広げられました。ロスタムは老いてはいましたが、その勇猛さをもって若きソフラーブを追い詰め、ついには実の息子を討ち倒してしまいます。ソフラーブは死の間際、実は自分がロスタムの息子である、と告げるのでした。

それを聞いたロスタムは驚愕し、証拠を求めました。するとソフラーブは、ロスタムがタハミーネに贈った腕輪を見せたのでした。

ロスタムは悲しみにくれ、息子を蘇らせるため、王に特別な霊薬を求めました。しかし王は、ソフラーブが息を吹き返せば、後に二人で王座を奪いに来るのではと恐れ、その願いを受け入れませんでした・・・。

ソフラーブが帰らぬ人となった今、霊薬を持ってきたとしても、何の役に立とう。
時、既に遅し。
それは、ロスタムの無念の気持ちを含んだ言葉だったのです。

同様の意味では、「覆水盆に返らず」「落花枝に返らず」という諺や、「後悔先に立たず」という慣用句もありますね。

上記、ロスタムとソフラーブのお話は、ぜひこちらの岡田恵美子著『ペルシャの神話』(2023年4月、ちくま学芸文庫)にてお読みください。

『ペルシャの神話』岡田恵美子
ちくま学芸文庫

1982年に筑摩書房より発刊された『ペルシアの神話―光と闇のたたかい』 (世界の神話 (5)) が、今月、新たな装丁にて文庫版として再発刊されました。

★筑摩書房のサイト
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480511799/